コインアートの教科書2~コインアートと日本の法律編②~

コインアートの教科書
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高橋ナオキ
高橋ナオキ

どうも、コインアート作家の高橋ナオキです。

天の声
天の声

コイツに作られた天の声です。

今回はコインアートの教科書第2回目ということで、前回に述べた貨幣と俗に呼ばれているアンティークコインや古銭と呼ばれているものについてのお話をしたいと思います。

前回は法律に沿って貨幣の説明をしていましたね。

今回も法律に関係した内容です。

前回の続きになりますので、是非コインアートの教科書1をご覧ください。




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  1. 前回を簡単におさらい。
  2. 貨幣損傷等取締法に関係した事件
    1. 現行貨幣に細工した手品愛好家3人が貨幣損傷等取締法違反の疑いで逮捕された事件
    2. エラーコインと偽り、現行貨幣を損傷しヤフオクに出品した無職男が詐欺,貨幣損傷等取締法違反容疑で逮捕された事件
  3. お金としての役割を終えたコインは世の中では古銭(こせん)とも呼ばれている。
    1. 小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律(1988年4月1日に廃止)
      1. 制定される背景
      2. 本文(必要箇所のみ抜粋)
      3. 廃貨となった一円黄銅貨幣
    2. 現行法の”通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律”が制定。今日までの幣制(貨幣制度)が成立。
      1. 本文(必要箇所のみ抜粋)
    3. 圓(円)と呼ばれた旧円金貨幣
      1. 新貨条例から生まれた旧円金貨幣
      2. 貨幣法から生まれた旧円金貨幣
      3. 通貨法により廃止された金貨幣は現行貨幣と引き換えできた。ただし、単数最高でも40円にしかならなかった。
    4. 一圓と呼ばれた銀貨幣
      1. 当初、新貨条例において発行された一圓銀貨幣は、貿易専用の貨幣として流通されていた”旧一円銀貨幣”であった。
      2. 明治7年、旧一円銀貨幣から新一円銀貨幣へ。
      3. 明治8年、新一円銀貨幣から貿易銀へ。
      4. 明治11年、貿易専用の銀貨幣が”一圓”として国内で通用され、新一円銀貨幣も再発行される。
  4. こうして、日本の法律等(政令や布告も含める)による幣制(貨幣制度)改革によって新貨幣と廃貨された古貨幣が時代を通じて生まれてきた。
  5. 結論、加工したらOK,NGな日本のコインは…?
  6. 貨幣と古貨幣のお話を終えたところで、私の作品を少し紹介したいと思います。
    1. 鳳凰五十銭銀貨幣
    2. 鳳凰五十銭黄銅貨幣
    3. 竜二銭銅貨幣

前回を簡単におさらい。

自分達が普段使っているお金,硬貨とは法律上では貨幣と定められている。

それに対して紙幣日本銀行券と定められているね。


この千円札等日本銀行券五百円,百円,十円,五円,一円,その他記念貨幣の貨幣通貨として日本経済を支えている

通貨偽造は当然のこと、五百円玉等貨幣の加工や変形等は法律の定めによって禁止されている。

貨幣損傷等取締法その旨が定められている。

貨幣の存在に関しては通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(通称、通貨法)定められている。



ということで、今回は実際に起きた事件を照らし合わせてみたいと思います。

お願いします。



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貨幣損傷等取締法に関係した事件

通貨は生活はもちろんのこと、ビジネスでも非常に大事な流通資産なので貨幣損傷等取締法に関係した事件極めて少ないです。

一体、どんな事件があるんだ?

それでは数少ないですが、見てみましょう。


現行貨幣に細工した手品愛好家3人が貨幣損傷等取締法違反の疑いで逮捕された事件


2017年に起きた事件で3人組の手品愛好家が逮捕された。3人は工場で約3年間、細工した五円から五百円の貨幣手品用品としてインターネットオークションに出品した。

1年間で約100万円の売り上げたという。

他に加工補助していた男性1人書類送検された。



営利目的の貨幣加工ですね。上記の記事のような加工法律上の損傷に値します。

穴あけたりしてあるな。

ここで注目すべき点は手品用品にした損傷貨幣が出回っているということです。


エラーコインと偽り、現行貨幣を損傷しヤフオクに出品した無職男が詐欺,貨幣損傷等取締法違反容疑で逮捕された事件


2015年に起きた事件で兵庫県無職の男貨幣の刻印を研磨し損傷させエラーコインと偽りインターネットオークションに出品し、利益を上げたとして詐欺容疑逮捕された。

また、貨幣を損傷させたとして貨幣損傷等取締法違反容疑再逮捕された。

男は約30点もの損傷貨幣を出品して約57万をだまし取り、その被害者は45人を上ったという。



日本では厳重な管理や審査ゆえに穴ずれ等のエラーコイン発生することはめてないです。

そのため日本のエラーコイン貴重で高値の取引がされ、コインコレクターに人気な部類です。

それで普通の現行貨幣をエラーコインかのようにして販売していたと。

刻印を研磨して消していたらしいけど、そんなことしても削った分重量が大きく変わるんだよね。

画像確認すると部分的に研磨してるから表面の状態からして研磨して消したのが明らかだったね。まず、たいていのコレクターだったらすぐ分かると思うよ。

購入しちゃった方も災難だな。

コインアート作家として、コインコレクターとしても非常に悲しい事件だね。


貨幣損傷等取締法日本国家の法律であり、国内に適用されます。

適用されない海外では我々が普段使用している日本の貨幣がペンダントトップ等に加工され、海外サイトに販売されています。SNSでもそのような作品が見受けられます。

海外からの作品に限らず日本国内にそのような損傷通貨を存在させないこと重要です(関税法ではそのような変造した通貨の持ち込みが禁止されています)。


仮に私が海外で作業するとしても、普段使っているお金である日本の通貨を加工することはありません。

貨幣に関する法律等知識上の誤解を生む恐れがあるからです。

より良い、コインアートライフを楽しむためには法律や知識を広く深く学ぶ必要があります。

そして、何が良くて何が悪いかを知る必要もあります。


続いて、私みたいな作家やプロ(職人)が材料としている日本で俗に呼ばれているアンティークコイン,古銭のことについてお話します。



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お金としての役割を終えたコインは世の中では古銭(こせん)とも呼ばれている。

日本経済では我々の財産である貨幣や日本銀行券が活躍する一方、法律の制定や改正によって使われなくなってしまったコインがあります。

つまり、単なる金属の一片となります。


貨幣という名詞は今日まで続く日本幣制貨幣制度,解釈的には通貨も含める)改革の基盤を構築した新貨条例(1871年)によって既に存在していた。

法律等(政令や布告等の法令も含める)によって廃止された貨幣は廃貨となり、国内取引において流通(使用)が不可能になる

そして、通用力を失ったかつての貨幣は金融機関でも引き換えすることもできない

自分達が利用していたお金としての機能を失ったかつての貨幣一般的に古銭と呼ばれ、他にもアンティークコイン(antique coin),オールドコイン(old coin)等という呼称がある。

唯一の中央銀行である日本銀行の内部組織、日本銀行金融研究所では廃止された貨幣古貨幣と称している(かつて発行された金札等の紙幣に関しては古札)。

貨幣から引退した貨幣コレクター(コイン収集家)のコレクションとして、またはハンドメイドの材料として新たな道を歩んでいる。


当記事では廃止された貨幣を日本銀行金融研究所と同様”古貨幣”という名称に統一します。

古銭と呼称すると貨幣学の論上で矛盾する点が生じるからです

現代の貨幣史を遡り、大幅に貨幣整備されるきっかけとなった法律等(政令や布告等の法令も含める)を見てみましょう。


小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律(1988年4月1日に廃止)


制定される背景


1953年小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律が制定された。

制定される以当時の日本の金融事情では世界恐慌影響もあり1930年代には金本位制から管理通貨制へ移行していった背景があった。

当時、日本貨幣制度(幣制)基盤であった貨幣法(明治30年法律第16号)金本位制中心として成り立っていた法律であったが、金本位制離脱した国内ではほぼ効力を有さないものとなってしまった。

また、戦中の経済事情を補うために臨時通貨法(昭和13年法律第86号)で定めた臨時補助貨幣大量発行した。

当初、臨時補助貨幣の原材料としては金や銀と代わって仕入れやすいアルミやニッケル等導入された(に臨時補助貨幣から百円銀貨幣や金,銀製記念貨幣発行される)。

そして、管理通貨制移行して以降の日本では臨時通貨法に基づいた貨幣数多く誕生した。

しかし戦後では日本の貨幣制度幣制へいせいと呼ばれている)は複雑化,物価の上昇に伴い、一円未満の貨幣の流通も減少していった。

そこで日本はこの法律を制定したことによって、一円未満の貨幣1948年から発行された一円黄銅貨幣が廃止された。

この法律で本格的に貨幣が整備されたことにより、大方の現代における貨幣と古銭の線引き成された。

この法律は通称、小額通貨整理法と呼ばれている。


日本の貨幣史においても新たな貨幣が発行されると、従来貨幣の通用を禁止,発行の停止等と対策が実施されてきました。

その度に貨幣が変わりましたが、円滑な取引が成された従来貨幣に関しては変わらず有効な貨幣として時代を経ても通用されていました。

江戸,明治,大正,昭和と通用されてきた寛永通宝がその一例です。

小額通貨整理法で該当する箇所を抜粋しました。



本文(必要箇所のみ抜粋)


小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律(昭和28年法律第60号)


この法律は通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の制定によって1988年4月1日に廃止された。


(目的)

第一条 この法律は、最近における取引の実情に即応し、一円以下の臨時補助貨幣並びに一円未満の貨幣小額紙幣及び日本銀行券を整理するとともに、一円未満通貨発行停止することとし、これに伴い、現金支払の場合における支払金の端数計算の基準を定めて取引の円滑化に資することを目的とする。


(定義)

第二条 この法律において「小額補助貨幣」とは、左の各号に掲げるものをいう。

 一 貨幣法(明治三十年法律第十六号)の規定により政府が発行した貨幣のうち額面価格が五十銭以下のもの

 二 貨幣法第十七条の規定により通用を認められた貨幣

適用が認められた貨幣とは発行されていた五銭銀貨銅貨幣のことを定めているよ。

 三 臨時通貨法(昭和十三年法律第八十六号)の規定により政府が発行した臨時補助貨幣のうち額面価格が一円以下のもの

この号で定めた臨時通貨法規定による一円以下の臨時補助貨幣とは1948年から発行された一円黄銅貨を含んだ銭単位貨幣のことを定めている。


4 この法律において「小額通貨」とは、小額補助貨幣小額紙幣及び小額日本銀行券をいう。

廃止の対象となる通貨はこの文以降、”小額通貨”と一括されます。


(小額通貨の通用禁止及び引換)

第三条 小額通貨は、昭和二十八年十二月三十一日限り、その通用を禁止する。

これにより、当時まで通用していた江戸時代に発行された寛永通宝等銭単位貨幣,そして当時発行されていた一円黄銅貨幣の流通(使用)禁止され、法律上通貨としての効力を失うこととなった。


(小額通貨の引換の請求)

第四条 小額通貨を所持する者は、昭和二十九年一月四日から昭和二十九年六月三十日までに、その所持する小額通貨を小額通貨以外の通貨引き換えることを請求することができる。但し、小額通貨の合計額に五十銭未満の端数がある場合におけるその端数額に相当する小額通貨及び小額通貨の合計額が五十銭未満である場合におけるその小額通貨については、この限りでない。

条文の通り、小額通貨1954年の6月30日まで原則として引き換えることが可能でした(ただし海外にいた場合、他政令や法律で定めていた等のやむ得ない事情は除く)。


(一円未満の通貨の発行停止)

第十条 政府は、当分の間一円未満の額面価格を有する貨幣臨時補助貨幣を含む。)及び紙幣を発行しないものとする。

2 日本銀行は、当分の間一円未満の額面価格を有する日本銀行券発行することができない

”当分の間”と記載されているが、制定以降も再発行されることはなかった



まとめ

  • 小額通貨整理法複雑化した貨幣制度(幣制)整理し、貨幣の流通円滑,物価上昇に対応する目的で1953年に公布された。
  • 小額通貨整理法によって一円未満貨幣(銭・厘その他に江戸時代等と過去に通用していた円単位以外の貨幣)通用(使用)1954年以降禁止された。
  • 1948年から発行された一円黄銅貨廃止された。
  • 単位自体は計算上残された
  • 一円未満の通貨(貨幣,紙幣)発行事実上終了
  • お札である一円券は貨幣と異なり通用力を有し、当記事を投稿した現在でも有効である。額面通りの一円として。


廃貨となった一円黄銅貨


表面図柄は柑橘類の橘と漢字の一円となっている

裏図柄は1YENと日本國(国の旧字)、1949年発行

この一円黄銅貨は臨時通貨法による臨時補助貨幣として1948年から1950年にかけて発行された。

材料は亜鉛と銅の合金である黄銅で、もともと戦争時軍用機の原材料であった。

戦後黄銅が大量に余ってしまったので処分も含めて貨幣として発行された。

同じ年の1948年には臨時補助貨幣として五円黄銅貨幣(円孔なし)が発行されていた。

一円黄銅貨幣と五円黄銅貨幣(円孔なし)の額面で初めて旧字の圓から円が起用されている。

なお、五円黄銅貨幣(円孔なし)小額通貨整理法の対象外であるため現在も貨幣として有効である。


五円黄銅貨幣(円孔なし)、図柄は国会議事堂。

1949年発行

同じく戦後に発行された五十銭黄銅貨幣も黄銅の処分として発行されました。

しかし、なんかに落ちないな。

腑に落ちない?

だって、銭単位の貨幣を廃止して整理するのに、何で一円黄銅貨幣も廃止にしたんだ?

一円黄銅貨廃止にしたのにも理由がある。

当時、原材料だった黄銅の価格が高騰したんだ。

これによって額面の一円よりも材料の黄銅の価格を上回ってしまう異常事態が起きていたんだ。

もともと黄銅の処分が目的だったから発行されたのが3年程度で、既に製造が終了していたんだが黄銅の物価高騰で業者がつぶす恐れがあったんだ。


つぶす

金属をかして地金に戻すこと。

熔かす常用漢字じゃないんだけど、熔かすは火や電熱を使って熱を加えて固形の金属一時的に液状にする場合に用いられる用語だよ。

または金属にちなんで、かねへんを用いた字で鎔かすとも呼ばれていることもある。

今回の場合、よく用いられる溶解ではなく熔解という。


なるほど、お金としての機能がなくなって経済混乱を招いてしまう恐れがあったんだな。

そういう経緯があって、一円黄銅貨幣が廃止された。

まぁ、その後に一円アルミ貨幣が1955年発行されるわけなんだけど。

みんなが持ってる一円玉ですね。

…ところで、アナタはこの一円黄銅貨幣はカットしないんですか?

廃貨になってるからコンチョにしてる業者もいるけど、私は加工しないね。

そうなの?

法的効力を失って廃止された唯一の円単位貨幣だけど、円単位貨幣自体が法的に有効だし誤解されたくないから加工しないつもりだよ。

なるほど。


現行法の”通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律”が制定。今日までの幣制(貨幣制度)成立


この法律は”通貨法”と呼ばれ、1987年に公布され、翌年の1988年4月1日に施行された。

この法律によって貨幣の在り方,個別法の整備や重要な事項統括されました。

この通貨法こそ、今日の幣制を支える現行法であって現代貨幣のバイブルである。

通貨法に関しては前回で一通り解説しましたね。



今回は付随されている附則を中心に解説したいと思います。


本文(必要箇所のみ抜粋)


通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律( 昭和62年6月1日法律第42号 )


(趣旨)

第一条 この法律は、通貨額面価格単位等について定めるとともに、貨幣製造及び発行、貨幣の種類等に関し必要事項定めるものとする。

前回でも解説したと思うけど、重要なところなので再度確認したいと思います。

この法律は貨幣に関することをまとめています。現代幣制(貨幣制度)の基盤となっている法律です。


(通貨の額面価格の単位等)

第二条 通貨額面価格単位とし、その額面価格は一円の整数倍とする。

この条文も前回で述べていますが、通貨とは貨幣(五百円玉等の硬貨)日本銀行券(一万円等の紙幣)のことを示しています。


2 一円未満の金額計算単位は、及びとする。この場合において、銭は円の百分の一をいい、厘は銭の十分の一をいう。

前記の小額通貨整理法でも銭と厘は計算単位として残されていましたが、この通貨法でも計算単位として通用することとなりました。


3 第一項に規定する通貨とは、貨幣及び日本銀行法(平成九年法律第八十九号)第四十六条第一項の規定により日本銀行発行する銀行券をいう。

同条1項の解説通りです。


(貨幣の種類)

第五条 貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。

本条によって貨幣が上記に限定されました。

そして、小額通貨整理法第十条で定めた”一円未満の通貨を当分の間(しばらく)発行停止”にするという方針が完全に消滅し、一円未満(銭,厘等)の貨幣が発行されることが不可能になりました。


附 則 抄

(施行期日)

第一条 この法律は、昭和六十三年四月一日から施行する。

文の通り、1988年4月1日から施行されました。


(通用を禁止した貨幣紙幣の引換えに関する件等の廃止)

第二条 次に掲げる法律は、廃止する。

一 通用を禁止した貨幣紙幣の引換えに関する件(明治二十三年法律第十三号)

二 貨幣法(明治三十年法律第十六号)

三 臨時通貨法(昭和十三年法律第八十六号)

四 小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律(昭和二十八年法律第六十号)

五 オリンピック東京大会記念のための千円の臨時補助貨幣の発行に関する法律(昭和三十九年法律第六十二号)

六 天皇陛下御在位六十年記念のための十万円及び一万円の臨時補助貨幣の発行に関する法律(昭和六十一年法律第三十八号)

上記の貨幣に関する個別法が廃止されました。

通貨法によって内容が継承された法律もあります。

特に五と六に関して通貨法では記念貨幣と定められています(通貨法第五条2,3項)。

五は下記の記事でも少し話をしています。




(旧金貨幣の引換え)

第三条 前条第二号の規定による廃止前の貨幣法(以下「旧貨幣法」という。)の規定により政府が発行した金貨幣及び旧貨幣法第十五条の規定により通用を認められた金貨幣は、昭和六十三年四月一日以後次条から附則第六条までの規定により引き換えるものとする。

ちなみに金貨幣とは円(圓)金貨幣を指します。

圓は円の旧字です。

貨幣法に基づいた金貨幣1988年4月1日で廃止されることとなり、通貨円単位貨幣のみとなりました。

なお、ここでいう旧貨幣法第十五条とは新貨条例で発行された金貨幣の事を指します。

新貨条例(1871年)は貨幣法の前に施行していた幣制(貨幣制度)であり、貨幣法が施行されると廃止されました。

しかし、旧法の金貨幣貨幣法において額面価格の2倍通用する貨幣として法的効力を有する定められました(貨幣法附則第十五条より)。




第四条 前条に規定する金貨幣(以下附則第七条までにおいて「旧金貨幣」という。)を所持する者は、昭和六十三年四月一日から同年九月三十日までやむを得ない事由がある場合であつて政令定める場合については、政令で定める期間内)に、その所持する旧金貨幣を、旧貨幣法の規定により政府が発行した旧金貨幣についてはその額面価格で、旧貨幣法第十五条の規定により通用を認められた旧金貨幣についてはその額面価格の二倍で、第二条第一項に規定する通貨と引き換えることを請求することができる

旧金貨幣廃止された1988年の4月1日から9月30日まで(やむ得ない場合等除く)面通りの金額で引き換えることができました。

また、旧貨幣法第十五条で定められた金貨幣に関しては額面価格の二倍引き換え請求できると定められました。

なお、旧金貨幣に関しては下の別項目”圓(円)と呼ばれた旧円金貨幣”を参照してください。



まとめ

  • 通貨法1988年に施行され、現代における幣制(貨幣制度)を確立した。
  • 時代に残されていた個別法も廃止され、当法律上の随所に統括された。
  • 旧円(圓)金貨幣1988年4月1日で廃止となり、貨幣は円に完全統括された。
  • 計算単位として残されている。
  • 貨幣法で定められた旧円(圓)金貨幣に関しては1988年の4月1日から9月30日まで(やむ得ない場合等除く)額面通りの金額で引き換えることができた。
  • 機能はしていなかったが、貨幣法廃止に伴い日本における金本位制度(法律によって形式的に残されていた)が完全に廃止された。

この幣制改革による通貨法に基づいた、貨幣の流通が展開されています。


圓(円)と呼ばれた旧円金貨幣


先ほど、通貨法で旧金貨幣の項目が定められていました。

通貨法では旧金貨幣と一括りにされてしまってますけど、近代における日本の金貨幣2つの時代に分けられます。

江戸時代や戦国時代でも小判とか金貨幣が使われてたもんな。


新貨条例から生まれた旧円金貨


明治時代以降、江戸幕府が解体し中央集権国家として再建された日本では国内の統治強化,経済の著しい発展と高成長を実現させるべく、近代的幣制(貨幣制度)改革大隈重信おおくましげのぶ(後の内閣総理大臣にして早稲田大学の創立者)を筆頭に進められていた。

そして、1871年新貨条例制定され、圓(円の旧字)という単位もこの時に誕生した。

当初は銀貨正貨とした銀本位制を導入する予定であったが、渡米中の伊藤博文いとうひろぶみ(後の初代内閣総理大臣)の意見により金本位制導入することとなった。


金本位制を導入した経緯としてはアメリカカリフォルニア・ゴールドラッシュ(1848年から1855年)という現象が起きたことにあります。

カリフォルニア・ゴールドラッシュとはカリフォルニアの鉱山金が発掘されたことにより、金を目当てにカリフォルニアへ約10万人(ほとんどゴールドハンター)が移住してきた現象のことをいいます。

投稿時点ではブラジルのアマゾン奥地とか採掘してますね。

…ということで。

現地金塊大量に発掘されたことにより、アメリカのニューヨークでもカリフォルニアの金流通されるようになり、ニューヨーク内の銀行倍以上に増設されて金貨幣の発行が容易となっていました。

そして、サンフランシスコでも造幣局が建設され、金貨幣の流通円滑になっていました。

カリフォルニア・ゴールドラッシュのことを知った出張のため渡米中の伊藤博文は急遽、日本に残っていた大隈重信ら便り(建言書)で金本位制導入することを主張していました(世界全体が金本位制に向くと推測していた)。

こうして金本位制に基づいた本位金貨日本に誕生しました。


参考文献

円・ドル・金―歴史と展望 荒木信義 著 

日本関税協会より(昭和61年6月15日)



新貨条例において最高額だった旧20円金貨幣です。

金属の比率は金900:銅100となり、現在でも高額で取引がされております。






新貨条例において金貨旧一円,旧二円,旧五円,旧十円,旧二十円5種類に定められた。

この新貨条例で定められた金貨幣を旧円金貨幣と呼ばれている

他にも旧明治金貨,旧円金貨とも呼ばれているぞ。

ちなみに図柄制作者は名金工師の加納夏雄

竜つながりではあるが、明治天皇の愛刀である水龍剣の制作者でもある。


貨幣法から生まれた旧円金貨


新貨条例制定後金本位制として近代的幣制を確立した日本であった、周辺のアジア諸国では銀貨幣の流通が主流であったことと、アメリカとは異なり日本では金が不足していたことや製造準備が十分に整っていなかったため金貨幣が製造困難な状況に陥っていた。

実際に新貨条例が廃止されるまで発行されていた金貨幣は旧五円のみだったんだ。

その旧五円金貨幣は1872年から最終年の1897年まで小型化されて発行された。

新貨条例が制定されて以降は海外のみに銀貨幣を流通させていましたが、上記のような事情もあり認めていなかった銀貨幣も国内に通用できるものとして改められた。

そして、国内通貨の主軸である金貨幣やがて機能しなくなった。

金本位制から始まったはずの日本は次第に金銀複本位制、ついには銀本位制に移行されていった。

当時の大蔵大臣(財務大臣の前身)兼内閣総理大臣である松方正義まつかたまさよし(日本銀行の創設者)が日清戦争等の賠償金たのを機に、日本の貨幣国際的に通用できるよう調整させるべく、日本の幣制(貨幣制度)金本位制に再確立させるため貨幣法(1897年)の導入に踏み切ることとなった。


この後も様々な動きがあり面白い貨幣史のストーリーが続くのですが、当記事は貨幣と古貨幣を主体に話を展開しているので所々端折っております。

また、詳しい貨幣のお話は別記事にしたいと思います。



新貨条例と同様に20円が貨幣において最高額でした。

金属の比率も以前と同じく金900:銅100でした。

量目(重さ)と直径新貨条例で制定された旧円金貨幣より小型化され実用されやすいよう調整されましたが、その分比率が一定なので金の合有量は旧金貨幣と比べて減少しました(ただし種類による)。



貨幣法で発行された金貨旧五円,旧十円,旧二十円の3種類でした。

貨幣法により発行された金貨幣は新円金貨幣とも呼ばれています。

通貨法の本文でも少し話を振りましたが、貨幣法制定に伴い廃止となった新貨条例で定められた旧金貨幣額面価格の2倍の値で効力を有すると定められました。


通貨法により廃止された金貨幣は現行貨幣と引き換えできた。ただし、単数最高でも40円にしかならなかった。


新貨条例,貨幣法で誕生した旧円金貨幣は双方とも通貨法で廃止されるまで貨幣として通用力を有していた。

そして、日本が金本位制から管理通貨制に移行してから旧円金貨幣は機能しなくなり流通することがなくなっていった。

さらに1942年旧日本銀行法による法的措置によって金貨自由製造は停止された。

これ以降、記念貨幣である天皇陛下御在位60年記念十万円金貨幣1986年に発行されるまで金貨幣誕生することはなかった

なお、通貨法施行前であったため十万円金貨幣臨時補助貨幣の定義発行されました。

通貨法の施行後は記念貨幣としてみなされております(通貨法附則第八条)。


通貨法により貨幣法が廃止され、お金の役割を終え旧円金貨幣であるが金ということもあり非常に世界のコレクターに人気で業界ではスター的存在である。

特に新貨条例定めた旧円金貨幣は金不足だったということもあり、貨幣法で定めた旧円金貨幣と比べると発行数が少なく金の合有も多い(ただし種類による)ので希少である。


こうして、旧円金貨幣はコインコレクションのスターとして現在でも活躍しているというわけさ。

ち、ちょっと待ってくれ。

何だ?

通貨法で旧円金貨幣が廃貨になって現行貨幣と引き換えができるっていう話をしてただろ?

ああ、話したぞ。

ってことは額面価格で交換することになるから…。

最高額で新貨条例の旧20円金貨幣が2倍の値だから…。

一枚だけとしても最高で40円と引き換えだな。

金本位制が意味をなさなくなってから貨幣は額面でしか判断されなくなったからな。

時代を越えて数値が日本経済を支配する世の中となったんだ。

…でも、金貨幣をそんな暴価で引き換える人間いたのか?

いなかったらしいぞ。

記録上では引き換え総数は0だったらしいぞ。

それはそうだ。いくら時代がバブル真っ只中でも、金貨幣をそんな価格で引き換えるはずがない。

デスヨネー。

こうして、通貨法の制定により日本の近代貨幣として長らく残されてきた圓こと旧円金貨幣も廃止され、貨幣からコインコレクション作品としての道を歩んでいます。


一圓と呼ばれた銀貨


ん? 待てよ?

どうした?

俺、”一圓”って刻印がされてあった銀貨幣見たことがあるんだけど。

あれも日本の貨幣だよな?

ああ、一圓銀貨幣と呼ばれている日本の銀貨幣だな。

円銀とも略されて呼ばれているぞ(造幣局では貿易銀円,貿易銀一円と表記)。

一圓ってことは旧一円ってことだろ?

その銀貨幣も当然貨幣として廃止になったんだろ?

旧円金貨幣よりもっと前に廃止されてるけどな。

それでは、一圓銀貨幣こと旧一円銀貨幣の誕生から廃止されるまでの流れを簡単にまとめたいと思います。


当初、新貨条例において発行された一圓銀貨幣は、貿易専用の貨幣として流通されていた”旧一円銀貨幣”であった。


1871年新貨条例定めにより一圓銀貨幣(旧一円銀貨幣)誕生した。

本位貨幣の圓金貨幣(旧金貨幣)ともに発行されたが、金本位制を導入したこともあり日本では金貨幣が通貨の主軸であった。

しかし、アジアや海外での外交では銀貨幣の流通は主流であった。

この事情を鑑みて旧一円銀貨幣当初海外のみ通用され、国内での通用は禁止されていた。

また、この旧一円銀貨幣貿易一圓銀貨幣とも呼ばれている。




旧一円銀貨幣は全て明治三年銘で発行されています。


明治7年、旧一円銀貨幣から新一円銀貨幣へ。


1874年(明治7年)国際的流通を円滑にするため直径と図柄を変更した。

この銀貨は新一円銀貨幣と呼ばれ、従来発行されていた明治三年銘の旧一円銀貨は早々と打ち止めとなった。


明治8年、新一円銀貨幣から貿易銀へ。


1875年(明治8年)、新たに貿易銀を発行して既に海外へ広く流通されていたメキシコドル銀貨幣に対抗しようとした。

従来の新一円銀貨幣も旧一円銀貨幣と同様、短期的に打ち止めを余儀なくされた。

貿易銀銀の合有量を増加し製造され、額面”一圓”から”貿易銀”と変更し流通円滑になるよう国際的水準合わせ発行した。

同年には、新貨条例も貨幣条例(旧名は貨幣條例)と改正された。

しかし、長らく交易で世界各国で活躍してきたメキシコの銀貨幣の信用性には対抗できなかった

貿易銀は良質な銀貨幣であったので外国の商人ら(主に清国)は流通させずに鋳つぶし地金にし利益ていた。

結局、貿易銀国際的に浸透せずにこちらも早々と姿を消していった(改正により鋳造見合わせていたが、発行再開されることはなかった発行は明治11年まで年柄は明治10年までと短期間の発行であった)。


他にも新旧の旧一円銀貨幣を既に短期間で発行していたことから交易に混乱を引き起こしたのかもしれないな。

迷走してたんだな。



明治八年柄の貿易銀です。

このように、額面に貿易銀と刻まれています。

銀貨幣として質が高水準であることや希少であることから人気の高い代物です。

特に最終年の明治十年柄は状態によって高額取引が期待されます。



明治11年、貿易専用の銀貨幣が”一圓”として国内で通用され、新一円銀貨幣も再発行される。


国際貿易においての銀貨流通失敗に終わった日本では、本位貨幣であった金貨幣の発行金不足より困難になっていた。

そして1878年(明治11年)、日本は銀貨幣を国内において一般的に通用できるよう貨幣条例改正した。

以前発行されていた貿易専用の銀貨幣金貨幣と等価無制限に通用できる定められ、再び一圓銀貨として貨幣発行再開されることとなった。

貿易銀後に国内流通されることが認められ、日本は金本位制から実質的金銀複本位制を展開していく。



上図は一圓として復帰した銀貨幣です。

明治7年から発行した新一円銀貨国内に復帰させる形でしばらくは日本幣制の主力として活躍します。

特に貿易専用銀貨幣時代明治八年銘発行数が少なく希少性が高い貨幣です。

国内復帰以降に発行された新一円銀貨幣図柄や直径等は貿易専用銀貨幣時代の新一円銀貨幣と変わりません

旧一円銀貨幣と異なり一圓と表記された図柄が特徴的で、今まで発行されてきた貿易専用銀貨幣も含め比率は銀900:100と一括されていました。


本位貨幣とする一円銀貨幣導入以降次第に銀本位制へ移行した。

新一円銀貨幣は後に小型化され、アジア諸国流通されるなど貨幣として活躍してきました。

しかし、金貨幣の項目で述べた通り、日本では主流となっていた銀本位制から金本位制に再移行すべく貨幣法(1897年)を制定され、新貨条例廃止された(貨幣法附則第十九条)。

この貨幣法によって本位貨幣は金貨幣のみとなり、一円銀貨幣の製造は廃止された(貨幣法附則第十八条)。

そして、1898年(明治31年)4月1日限り一円銀貨幣国内の通用が禁止となった(貨幣引き換え同年7月31日まで)。

ただし海外では台湾等のアジア諸国では大量流通していることもあり、アジアでは製造と交易上の流通しばらく続いていた

こうして、貨幣法が制定されたことにより金本位制に再移行された。

一円銀貨幣貨幣としての役割を失い、旧円金貨幣より先に日本の幣制(貨幣制度)から消え去っていくであった。

しかし、旧一円,新一円,貿易銀は日本史上を代表する古貨幣であり、海外のコレクターへの人気も高い

行政文書  公文類聚(第二十一編)

(一円銀貨幣ノ通用ヲ禁止ス:明治30年09月18日)

参考:国立公文書館デジタルアーカイブより

公文類聚・第二十一編・明治三十年・第二十二巻・財政六・税規附手数料二・国債・貨幣・雑載
「国立公文書館デジタルアーカイブ」は、インターネットを通じて、「いつでも、どこでも、だれでも、自由に、無料で」、館所蔵の特定歴史公文書等の目録情報の検索、公文書や重要文化財等のデジタル画像等の閲覧、印刷、ダウンロードが可能なインターネットサービスです。

他参考サイト

日本銀行(日本銀行百年史) 明治維新政府の通貨・銀行政策 P8-10

https://www.boj.or.jp/about/outline/history/hyakunen/data/hyaku1_1_1.pdf

近現代・日本のお金  一円銀貨物語

1円銀貨物語



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こうして、日本の法律等(政令や布告も含める)による幣制(貨幣制度)改革によって新貨幣と廃貨された古貨幣が時代を通じて生まれてきた。

段階的にまとめたせいで時代を遡ってしまった箇所もありました。

ただ、それぞれの時代の貨幣をこれでもまだ簡単にまとめた方です。

もっと詳しく貨幣史を彫り込んで記事にしたいと考えているので、また別枠で紹介したいと思います。

しかし、ここまでまとめるのに明治初期まで遡らないといけないのか。

通貨の対象単位が円である以上は円が制定されたところから調べなければいけない。

改めて理解したことは、明治が始まって中央集権国家として再始動した日本。

そして、新貨条例により円が誕生し大きな金融的革新を遂げた近代的幣制改革。

日本の史上には大きな流れの中には貨幣制度改革、つまり法に基づいた幣制改革があったということだね。

まぁ、言うまでもなく貨幣は国家も国民においても重要な財産だからな。

そりゃ、大きな改革には多額の費用がかかるだろうしな。

実際、まだ誕生したばかりの明治政府も戊辰戦争の賠償金や各藩の負債で首が回らない状態だったらしいからね(さらに西南戦争の軍費で財務状況が悪化したのは別のお話)。

それでは、まとめに入りましょう。


年代を整理した大まかな貨幣の流れとまとめ

1871年 新貨条例

(円の誕生、旧一円銀貨幣,旧円金貨幣が誕生)

1897年 貨幣法

(新貨条例廃止、旧一円銀貨幣が国内で通用禁止)

1953年 小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律

(一円黄銅貨幣と円単位以外の貨幣が全て通用禁止)

1988年 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律

(圓と定められていた旧円金貨幣の通用が廃止された)


1948年から発行されていた一円黄銅貨幣,圓(旧円)貨幣を含めた円以外の貨幣全て法律(政令,布告等法令含め)により段階的廃止され、貨幣としての法的効力消滅した。

廃止された古貨幣(廃貨)通称古銭,アンティークコイン等と呼ばれている。

現在でもコレクション品として時代を通じて活躍している。

また、貨幣貨幣としての定め廃されたことにより貨幣損傷等取締法の対象とはならず加工可能ペンダント,コインリング等のアクセサリーとしても活躍している。


前回貨幣とは何かを法律を照らし合わせて考え、今回どう古貨幣が生まれたのかを法律に照らし合わせて勉強しました。

しかしながら、貨幣史の内容というのは非常に膨大です。

当記事は法律を重点において端折ったこともあり、近代貨幣史の内容全体を考えてもほんの一部です。

また、機会があれば別枠で話したいと思います。



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結論、加工したらOK,NGな日本のコインは…?

上記は法律による廃止の経緯をお話しましたが、シンプルに分かるよう表を追加しました。

もし、コインアートをされる場合は下記の表を参考にしてください。


なんかちょっと見ずらいところがあるぞ。

すいません…。(汗)

下記に追記しておきます。


罰則

  • 貨幣損傷等取締法に違反した者は1年以下の懲役又は20万円以下の罰金
  • 関税法に違反した者は十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金

私自身、コインを加工するコインアート作家ではありますが、このように国内の法律を遵守し活動しております(当たり前ですが)。

そして、闇雲にコインを加工しているわけではありません。

私はコイン収集も行っており、価値のある貨幣は評価し大切に保存しております。

私が加工しているコインは国内であれば廃貨になったもの、そしてマイナーコインと呼ばれる高価ではないコインを加工しております。

私はマイナーコインでコレクションの他にもコインの楽しみ方を教授すべく、法律遵守の下にコインアート活動を行っております。




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貨幣と古貨幣のお話を終えたところで、私の作品を少し紹介したいと思います。

前回と引き続き、固い内容の記事になってしまったのですが非常に重要なことなので書かせていただきました。

次回からは本格的に私がメインとしているジャンルのコインカット(Coin Cutting)についてお話したいと思います。

その前に今回は日本の古貨幣の話をしたので、古貨幣で制作した作品を中心にコインアートを少し紹介したいと思います。


鳳凰五十銭銀貨

Cutting an old coin & tried making the neckless
高橋ナオキ 作

これは鳳凰の五十銭銀貨をカットして黒く燻したペンダントにした作品ですね。

大正から昭和初期にかけて発行された銀貨幣で既に小額通貨整理法で廃止された古銭ですね。

大量に発行されていますので比較的手に入りやすい古銭です。

これも二羽の鳳凰がいいですね。



鳳凰五十銭黄銅貨幣

cut out the Japanese 50 Sen

一円黄銅貨幣の項目で少し振りましたが、戦後に発行されていた鳳凰五十銭黄銅貨幣です。

当時は黄銅の資材処分のために発行されていました。

こちらも既に小額通貨整理法で廃止された古貨幣です。

昭和二十二年銘年内途中に打ち止めされ、あまり出回っておらず非常に希少性が高いです。



竜二銭銅貨幣

coin cut 2 sen old coin

明治6年に新貨条例改正された際発行が認められた古貨幣です。

貨幣法でも通用され(貨幣法附則第十七条)、最終的にはこちらも小額通貨整理法で廃止された古貨幣です。

他にも様々なカット作品がありますので、よろしかったらご覧ください。



という感じで私は既に廃貨となった古貨幣の他に外国貨をカットして作品を制作しております。

一応、コイン収集もしておりますので希少性の高いコインに関してはコレクションとして保存しております、安易にカットはしません。

基本的にコインは希少性の低い安価で仕入れやすいものを中心に制作しています。

コインの保存方法に関しても別枠で記事にしていますね。



このように、コインカットはあまり馴染みのないジャンルですが体感してみるとなかなか面白いものです。

これから本格的にコインカットの方に話題が移りますが、今回や前回の記事のようにコインに関する法律と知識を学ぶことは必要です。

もし、至らない点や問題点がありましたら問い合わせ等へご連絡ください。

よろしくお願いいたします。

そして、お疲れ様でした。


皆さんも健全で充実したコインアートライフを!


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